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看護師をやめたら“私”がなくなる? 役割同一性の喪失と、その先にあるもの

お腹をみる訪問看護師
イタドリ
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「看護師をやめようかな」と思ったとき、給料や転職先より先に、もっとぼんやりした不安が浮かんだことはありませんか。

やめたら、私って何者になるんだろう。

その感覚、すごくよくわかります。私自身、訪問看護の現場に20年以上いて、「看護師の斉藤です」と名乗ることが、呼吸と同じくらい自然になっていました。だからこそ、「もしそれがなくなったら」と想像したとき、足元がすこし揺れるような感覚を覚えたのです。

肩書きが、いつのまにか”自分”になっていた

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心理学に役割同一性(role identity)という考え方があります。人は「自分とは何者か」を説明するとき、職業や役割に頼ることが多い。「看護師をしています」という一言は、単なる職業紹介ではなく、私はこういう人間ですという自己紹介でもあるのです。

看護師として働いているあいだ、その役割はいくつものことを静かに支えてくれていました。

  • 今日何をすべきかが、自明にある(行動の指針)
  • 患者さんの役に立てたという手ごたえ(自己肯定の源泉)
  • 同じ仕事をする仲間とのつながり(所属感)
  • 夜勤明けも含めた、毎日のリズム(時間の構造)

これらは意識しないと気づかないほど、日常に溶け込んでいます。でも、やめた途端に、それがまるごと揺らぐのです。「自由になったはずなのに、なんだか空虚」「自分が薄くなっていくみたい」という感覚は、気持ちの弱さではなく、それだけ仕事に本気で向き合ってきた証拠です。

HSPの看護師は、その手ごたえをより鮮明に感じている

HSP看護師の繊細な感覚と意味の手ごたえ

HSP気質があると、仕事の中の「意味の手ごたえ」を、人より深く受け取っていることが多いです。患者さんの表情のわずかな変化、「ありがとう」の声のトーン、訪問先の玄関を入ったときの空気感。そういうものを敏感に感じ取り、仕事に活かしてきました。
だとすれば、その役割を手放すときの揺れも、より鮮明かもしれません。それは当然のことだ、と私は思います。

役割同一性が揺らいだとき、どうすればいいのか

揺らぎを超えていくための道のり

「揺れている」とわかっても、じゃあ具体的にどうすればいいの? という話をします。答えを急がなくていいです。でも、考える順番はあります。

① まず、揺れていることを「問題」にしない

役割同一性が揺らぐと、不安や空虚感が出てきます。そのとき多くの人が、「こんな気持ちになるのはおかしい」「早く立て直さなければ」と、揺れそのものと戦い始めます。でも、揺れは異常ではありません。

骨折した足が痛むのと同じで、変化のプロセスに伴う、正常な反応です。まずその揺れを、「あ、揺れているな」と少し距離を置いて眺めることが、最初の一歩です。

HSP気質があると、この揺れの感覚もより強く感じます。だからこそ、「自分だけがこんなに揺れている」と思いやすいのです。でも、感じやすさは欠点ではなく、あなたがずっと持ってきた力です。

② 「役割」と「自分」を、少しずつ切り離してみる

こんな問いを、紙に書き出してみてください。「看護師」という言葉をかっこに入れたとき、私はどんな人間だろう?

  • 人の話を、最後まで聴ける
  • 場の空気の変化に、すぐ気づく
  • 細かいことを、丁寧にやるのが好き
  • 誰かが困っていると、放っておけない

これらは、看護師だからそうなったのではなく、あなたがもともと持っていたものです。役割はそれを活かす「場所」だっただけです。場所が変わっても、あなたの中のものは変わりません。

③ 同一性の「複数化」を意識する

心理学では、アイデンティティは一つである必要はない、と考えます。「看護師」だけが自分の核だと、それを失ったとき全部崩れます。でも、たとえば私なら、「登山が好きな人」「手仕事を丁寧にする人」「文章を書く人」という顔が並んでいれば、一つが揺らいでも、他が支えてくれます。

やめる前から、意識的に「別の自分の顔」を育てておくことが、転機の揺れを和らげます。すでにそれをやっている人は、より強くあれます。

④ 「移行期」には、答えを出さなくていい

心理学者のウィリアム・ブリッジズは、人生の転機についてこう言っています。変化には必ず「何かが終わる」フェーズが最初に来る。その終わりをちゃんと悼んだ人だけが、次の自分をつくることができる、と。

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「終わりのフェーズ」の後には、ニュートラルゾーンと呼ばれる時期があります。何者でもない、宙ぶらりんな時間。これが一番つらいのですが、実はこの時期こそ、次の自分の輪郭が静かに形成されています。何もしていないように見えても、内側では変化が起きています。この時期に「早く答えを出さなければ」と焦る必要はありません。宙ぶらりんでいる状態を許容しましょう。あるいは、耐える必要があるかもしれません。でも、この時期はそういうものなのです。そう知るだけでずいぶん楽になるはずです。

この「宙ぶらりんに耐える力」を、詩人キーツはネガティブケイパビリティ(Negative Capability)と呼びました。事実や理由を性急に求めず、不確実さや疑問の中にとどまれる能力のことです。精神科医のビオンはこの概念を治療の文脈で発展させ、「答えを急がずにいられること」こそが、深く考える力の基盤だと述べています。

HSP気質を持つ人は、曖昧さや宙ぶらりんな状態を特に強く感じます。だからこそ、「早く決めなければ」という衝動に駆られやすいのです。その「まだ決めない」という状態に耐える力——ネガティブケイパビリティ——は、むしろ深く物事を処理するための力なのです。この移行期に「まだわからない、でも大丈夫」と自分に言える人は、徐々に次のステージに入っていけます。

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⑤ 「私はどんなときに、生きている感じがするか」を問い直す

最終的に、役割同一性の揺れはこの問いにもどってきます。肩書きがなくても、私はどんなときに「ああ、これが私だ」と感じるのか。

患者さんと話しているとき。山の中を歩いているとき。手を動かして何かを作っているとき。文章を書いているとき。

その感覚の中に、次の自分の核があります。看護師という役割は、それを表現するための一つの形だったのでしょう。形は変わっても、感覚そのものは、私自身のものです。

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揺れることは、変わろうとしている証拠です。看護師をやめることは、「看護師の○○さん」という自分を失うことかもしれません。でも、それは自分自身を失うことではありません。役割同一性が揺らぐのは、変化のプロセスの中で起きる、自然なことです。その揺れを知っていれば、耐える力が湧いてくるかもしれません。

やめる前でも、やめた後でも、「私はどんなときに私らしいか」という問いと少しずつ向き合っていければ、それで充分です。あなたが看護師として積み上げてきたものは、あなたの中にあります。

やめても、大丈夫。

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ABOUT ME
イタドリ
イタドリ
現役訪問看護師|HSP当事者
看護師になって30年以上経ちました。
僻地の有床診療所、地域の中規模病院、大学病院を経て、訪問看護は20年以上になりました。
某大学では学外講師を務めています。
やや敏感な気質を持ちながら、
それでも現場で積み上げてきた経験を活かして、訪問看護の実践知や役立つ情報を発信していきます。
窓の外を眺めるように、在宅ケアとHSPという生き方をひそかに綴るブログです。
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